『八十二歳のガールフレンド』   山田 稔著

 県の図書館で見つけてきた少し古いが珠玉のような一冊。

 抽斗の隅に見つけた古い便りや、心にひかかっていた一編の詩や、新聞の訃報欄から思い出の糸をたぐるように紡ぎだされるいくつかの話。思い出される人はどの人どの人もいまは亡き人で、冒頭の「死者を立たすことにはげもう」という富士正晴のことばの意味が最後にわかる。いずれも心に沁みる澄んだような哀しい話である。

 中でも親しい友人でもあった天野忠の詩からたぐった「マリアさんの話」はいい

 戦後間もない頃、天野家に遠い親類にあたるお梅おばさんがさらに遠い親類筋のマリアさんを伴ってやって来る。マリアさんポーランド人のお婆さんで亡くなったご主人は満州国の小役人だったらしい。ひとり息子も戦死させてお金もないマリアさんを、東京かどこかのタダの養老院に引き取ってもらう途中だというのだ。

マリアさんは長細い凧のようである。

畳の上にレールを敷くように

陰気な針金のような足をゾロッとのばして

だんまりこくって 普通の顔をしている。

マリアさんは分かっているようだが日本語を話さない。だが、天野さんの「ポーランドショパンの国」というお愛想に「むきだしの年寄りの声を押し出し」て反応する。天野家に一泊して翌日「サヨナラ」と初めて日本語で言い、「タダの養老院へ発って行った」マリアさん

 天野さんの『quo vadis?』というこの詩に魅せられた筆者は、ここにでてくるマリアさんという異国の女性のことが長い間気になっていた。その後何年かたって、突然にお梅おばさんの息子だという人からの便りを受け取り、マリアさんの謎が解ける。この辺りの事情は山田さんの著書ではとても詳しいのだが簡単に言えば、マリアさんは「東京のタダの養老院」からニュージーランドの養老院に移り、そこで最期を終えたというのである。

 quo vadis?汝、いずくに行くや?この一句のごとく日本から遠く離れた国で生まれ、大連・日本そして南極に近い島へと戦争という「運命の波」に運ばれていったひとりの女性、マリアさんに寄せる筆者の思いは、この一編を通して読む者の内にも深い印象を残した。なお「quo vadis?」の著者はマリアさんのの祖国ポーランドの人らしい。

 「マリアさんの話」以外にも読ませる話はいくつかあった。「詩人の贈物」もまた深い感動を覚えたが当方の力量ではまとめきれないのが残念だ。あと坂本龍一さんの父親坂本一亀さんの思い出も一編をなす。

 

 

 

 

     数知れぬ虫とひとつに眠りけり

 

 

 

 

八十二歳のガールフレンド

八十二歳のガールフレンド