若葉寒

『記憶の海辺』      池内 紀著

 池内さんの本は折りに触れてよく読んできた。もっとも先生の本業とはほど遠い軽いものばかりではある。どうしてだろうか。ちょっとへそ曲がりのところがいいというのもありますが、(そう言えば『二列目の人生』なんてのもありましたね)何よりリズムのある文体が好きなのです。読んでいるとその小気味よさにつくづく感心します。

 さて今回はちょっと毛色の変わったご本。時代の流れと先生ご自身の生涯をリンクさせた自伝エッセイともいう内容。常々トシヨリは「まとめたがる」とおっしゃていたがそれを身をもって実践されたということでしょうか。ああ羨ましい。こういうことは一度は誰でもやってみたいのではないでしょうか。敗戦の年に生まれ、講和条約で小学校に入り、安保闘争で中学を卒業し・・・などなどわが生涯もまとめたくなります。

 さて、肝心の本についてですが、結構楽しく読ませていただきました。いままで読んだ先生の本のうちでは一番読み応えがあったというところでしょうか。軽い内容のばかりを読ませていただいていた身で生意気なことを言ってすみません。カール・クラウスの偉業など、初めて知りました。きっちり人生設計をして、もちろん勉強も努力もなさって、好きなことだけをしてつくづく羨ましいかぎりです。そしてまた現在は悠々自適。テレビも新聞もパソコンも携帯も車も持たずとはなかなか真似の出来ることではございません。そんなものに依存しなくとも十分充実しているということでしょうか。ご本人はともかく奥様もご同様とは、凡人には真似が出来ません。自分史もお書きになって、さて、これからはどんな方面に触手を伸ばしていかれるでしょうか。

 

 

 

 

     彩りの薬十錠若葉寒

 

 

 

 

記憶の海辺 ― 一つの同時代史 ―

記憶の海辺 ― 一つの同時代史 ―

 

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