法師蝉

津軽」 太宰 治著

 「こころ旅」で津軽半島を映していて、この本が話題になった。Tがいい本だと言い、部分的に覚えているような気もしたが、読み返すことに。

太宰自身の手による故郷探訪である。昭和19年の話らしいが戦争臭はほとんどない。太宰らしくない(と言っても太宰については詳しくはないが)明るい実に素直な故郷讃歌である。人も風景も信じられぬほど優しい。ホロリとさせられるのは幼い頃母とも慕ったたけとの再会。彼が自分の精神のルーツに気づくくだりである。

 ああ私は、たけに似ているのだと思った。きょうだい中で、私ひとり、粗野で、がらっぱちのところがあるのは、この悲しい育ての親の影響だったという事に気付いた。

 これは悲しみではなく、喜びの述懐だ。解説で亀井勝一郎が、彼の「全作品の中から何か一遍だけ選べと言われるなら、この作品を挙げたい」と書いているが、いい作品である。

 

 法師蝉が「もういいかい、もういいかい」と夏の終わりを告げ始めた。夜、横になって電気を消すと虫の声も。

 

 

 

     

     湖へ下る坂道法師蝉

 

 

 

津軽 (新潮文庫)

津軽 (新潮文庫)

 

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