滴り(したたり)

「崩れ」 幸田 文著

 この頃の異常気象による山崩れや酷い時には山体崩壊などという事象を見ていて、幸田さんの「崩れ」を読み直したいと思った。幸田さんはこの作品の取材時が72歳、まさに同年齢だというのも再読を促したきっかけかもしれぬ。案の定、昔なら読み飛ばしてしまったような細部に立ち止まったり、納得したり。過酷な道中での老いの身体の難儀さも、この時しかないという箍の外れた好奇心も今ならよくわかる。

日本三大崩れはもとより男体山桜島の崩れもみたことはないが、雲仙普賢岳の大火砕流の跡地は間近に目にしたことがある。大災害の十二年後ぐらいだったと思うが、馬力の乏しい小さなレンタカーでやっと登り詰めた山道から見た一面の滑地。山頂から麓まで一気に刷毛で掃いたような滑り台。まだ草木も寄せ付けぬ赤茶けた砂礫とところどころに転がる大岩。幸田さんではないがまことに言葉を呑む厳しさ恐ろしさであった。

こういうのは邪道であろうが、今はネットで検索して行かずながらにしておおよそはわかるので、幸田さんの文章を読みながらいちいち検索をした。それにしても盤石と思われる大地のなんと崩れやすきことか。異様と思われるほどの防砂ダムのつながりを目にする。端麗でかつ恐ろしくも厳しいこの国の自然、幸田さんを突き動かした思いもまさにそこにあるのだろうと思う。

 

 

 

 

     滴りや刻々と減る持時間   大牧 広

 

 

 

 

 

崩れ (講談社文庫)

崩れ (講談社文庫)