山眠る

 久しぶりに姉と電話で話す。いつものように若々しい声だったが、もの忘れは相当進んでいて愕然とした。有料老人ホームの一室で「一日中誰とも話すことはないの。誰も来ないしやることもないしお父さんの写真と話すだけ。寂しいものよ。」と言う。聞けば食事も部屋で食べるのだと言う。何かがあってもすぐに忘れてしまうようなので、どこまでが本当なのかとも思わないでもないが、少し心配になった。「何歳になったのかしらん」と聞くから「今度の誕生日で89のはずだよ」と言ったら、「そんなに長生きしたんだ。でも長生きなんてするもんじゃないね。寂しいものよ」と言った。ホテルのような部屋でも姉には姨捨山のようなものかもしれぬ。
 私にもその寂しさを埋めてやれる手立てはないし、お節介かもしれないが、せめてもと施設でちゃんと人間らしい扱いを受けているのかと確かめの手紙を甥に書いた。



    雲の影大きく広げ山眠る