「へたも絵のうち」 熊谷 守一著
 熊谷さんは岐阜県生まれだから県の美術館が所蔵する作品があり、展覧会も開かれたりしてその絵には案外親しい。中でも好きなものは晩年の抽象画と思えるほど単純化された表現のものだ。感動の心髄が結晶化したような作品で、簡略化されているのに本質そのものだ。いつ見てもつくづく感心するのは「野良仔猫」という板にかかれた小品で、野良の仔猫のおどおどした悲哀がまっすぐに伝わってくる。白で塗りつぶされた眼から(少しだけ黒いものもみえないでもないが)どうしてこんなに猜疑心にみちた目つきを感じるのだろうと不思議に思う。この本の後半で谷川徹三さんが熊谷さんの絵は「見て、見て、見て」その「蓄積と発酵」の結果で「作品は即興的とも習作的ともいえる」と言っているが見尽くすことで対象の本質が自然とにじみ出てくるものなのだろう。
 この件は俳句の創作にも通じることで、例えば子規の一句
「鶏頭の十四五本もありぬべし」
この単純化された一句について山本健吉は「即興感偶の句」だと言い、「ものの根源まで見透す作者の心眼」が「現実の鶏頭よりも現実的な力強い存在性と重量感を持って立っている世界の鶏頭なのだ」と評している。
 さて本についてだが、これは新聞に掲載された聞き書きをまとめたものである。破天荒な自然人というか超俗的というか無造作のようでいて繊細というかひと筋縄では括れない熊谷さんの人となりがよくわかる内容である。口絵の写真からして仰天。仙人のような熊谷さんの肩に大きな野鳥が親しげに留まっているのである。こういう凄い人はもう現れないような気がするし、こういう人と共に生きるような女性ももう現れないような気がする。と変な感慨を抱いた。



     守一の目になつて見る蟻の足



へたも絵のうち (平凡社ライブラリー)

へたも絵のうち (平凡社ライブラリー)