南風(みなみ)

 「明日」 井上 光晴著
 昨日借りてきて、一気に読んだ。寂聴さんの紹介にもあったとおり、長崎に原爆が投下された前日の話である。戦時下で不自由ながらも挙げられた祝言。そこに集った人々の一日。だれも明日訪れる運命を知らない。長引く戦争に心を痛めつつも、ささやかな幸せを甘受している。原爆投下は一瞬でそれを無にする。僅か六時間前に産声を上げた赤子さえ容赦されなかった。
 戦争というものはいつも抽象的な言葉の間から始まる。国家とか正義とか大義とか、平和という言葉すら怪しい。マスでなく顔の見える一人一人をかけがえのないものと思うことこそ悲劇を繰り返さない道ではないかとつくづく思った。


     まどろみの髪にうすうす南風(みなみ)吹く


明日―1945年8日8日・長崎 (集英社文庫)

明日―1945年8日8日・長崎 (集英社文庫)