夏休み

『いまだ人生を語らず』 四方田 犬彦著 『月島物語』以来、著者は私には縁遠い人である。Tからすごい天才だと聞かされていた。何でも高校に入学した年の春休み、三年間の数学を一気に仕上げ、後は何もしなかったというのである。それだけで、数学に振り回さ…

蜥蜴

『作家の老い方』 草思社 小説家、詩人、歌人、俳人、評論家などなど人生の先達たちの「老い」に関する文章を集めたものだ。 心に残った歌がある。 冬茜褪せて澄みゆく水浅黄 老いの寒さは唇(くち)に乗するな 齋藤 史 このアンソロジーのなかで二度も出て…

蝉しぐれ

『石垣りんエッセイ集 朝のあかり』 石垣 りん著 一四歳で働きに出て、一生自分の足だけで立ってきた人らしい矜持、確固とした意志と深い思慮に貫かれたエッセイ集である。仮借のない鋭い観察とアイロニー、辛辣な眼差し、一方日の当たらぬ者への優しさ、ど…

熱帯夜

小津映画を観る 連日の猛暑である。連休を利用して下の孫が受験勉強に来宅、冷房のリビングは終日勉強室である。トシヨリは奥の和室に閉じこもり、暑さで半ボケの頭で映画を観ることに。 小津作品は「東京物語」しか観てなかったが、先日「彼岸花」を観る。…

梅雨深し

『縄文文化と日本人』 佐々木 高明著 その2 「成熟した採集社会」の東日本に比べ、何かと見劣りしていた西日本に、縄文晩期水田稲作農耕が伝来した。初期は畑作物の渡来で、やや遅れて本格的な水田稲作農耕が伝わったらしい。 もともと雑穀やイモ類を主作物…

初蝉

『縄文文化と日本人』 佐々木 高明著 その1 また、縄文である。私には手強い本だが興味深い内容なので、ここで大雑把な紹介を試みてみようと思う。 問題は「日本文化はどのようにして成立したのか」ということである。筆者は「日本文化は単一の稲作文化であ…

梅雨晴間

『口訳 古事記』 町田 康訳 町田康による大阪弁(?)の『古事記』である。面白いのなんのって、破天荒な古事記である。例えば、因幡の白兎とオオクニヌシノミコトのやりとりは 「あいつら、騙して渡ったろ、と思ったんですよ。あいつらアホなんで」 「騙す、…

京都へ行く 京都国立博物館(京博)の「縄文土器と土偶」展を見に行きたいと家族に提案する。「又、縄文かあ」と半ば呆れられながらの京都行き。暑さを考えて曇天の日にしたのだが、近日中最も蒸し暑い日になった。 京博は2013年のリニューアル以来初め…

短夜

映画『生きる』を観る 1952制作 黒澤明監督 カズオ・イシグロ氏の脚本でリメイクされたという記事を読んで、まだ観ていなかった元作品を観た。あらすじについては、周知されているとおりだが、思った以上に社会批判官僚主義批判が前面に出ていて驚いた。…

梔子

『おやじはニーチェ』 高橋 秀実著 認知症は、長生きすれば、だれにも出てくる症状らしい。(80代後半では41・1%、90代では61%)それでいて有効な特効薬もなく、治療法もない。確立された予防方法もないから、なるかならないかは宝クジのようなも…

五月闇

『土偶を読むを読む』 望月 明秀編 『土偶を読む』は去年3月12日、このブログでも取り上げた。土偶を形態的特徴からいくつかの食用植物や貝類のフィギュアと見立てた仮説で、面白かったと書いている。 この本はその仮説に対するアンチテーゼである。「皆…

梅雨晴れ間

夏服を縫う イオンの手芸用品売り場で見つけた時、涼し気な模様にひとめぼれした。ローン地に紺色の金平糖模様だ。夏服を縫いましょうと思ってから、ちょっとたったが、昨日今日で出来上がる。Tシャツ代わりの普段着ブラウスで、毎回同じパターン、今回は襟…

紫陽花

映画『ドライブマイカー』を観る 濱口竜介監督 2021年制作 U-NEXTで無料視聴ができるようになったので観る。評判に違わず、なかなか見ごたえのある作品だった。 妻の死後、妻の浮気相手によって語られた夫の知らない話。妻には夫がすべて知っているのが…

青梅

『世界は五反田から始まった』 星野 博美著 渾身の力が入ったノンフィクションである。(第49回大佛次郎賞受賞作品)これまでに読んだことがある星野作品は、例えば『島で免許をとる』など、ユーモラスな自伝的作品だった。 が、これはちょっと違う。始ま…

枇杷

枇杷のコンポート いよいよ梅雨入。五月中の梅雨入りは十年ぶりらしい。つまり早いということ。 雨の無聊で昨日採ってもらった枇杷をコンポートにする。鳥の落とし物の枇杷の木だから、実は小さい。それから大きな種を取り出し、皮を剥くのだから面倒と言え…

蛇(くちなは)

映画『舟を編む』(2013年制作 石井裕也監督) 三浦しおんの同名小説を映画化したものだ。以前小説を読んでいたので、話の展開はわかっていた。ずいぶん前の読書だから、本と比べてどうのこうのは言えないが、様々の賞を受けた作品らしく、辞書編集者の苦労や…

麦の秋

『夢見る帝国図書館』 中島 京子著 世間離れした雰囲気で、謎めいた過去をもつ「喜和子」さん。どうやら彼女の過去は、帝国図書館と関連があるらしい。図書館を主人公にした話を書いてほしいと、喜和子さんに頼まれていた私。彼女の死をきっかけに、謎に包ま…

田植

講演会「坊の塚古墳の前後」を聴く 西村 勝広講師 トシヨリの興味は、未来より過去。旅の疲れもあるが、市の歴史研究会主催の講演会にでかける。 「坊の塚古墳」は4C後半築造の前方後円墳である。前にも書いたが、市内では最大、県下でも二番目の大きさを誇…

白日傘

縄文土器を見にゆく 神社仏閣か美術鑑賞、はたまた歴史探索、うちが出かけるのは、たいていそのいずれかだ。「縄文土器」を見に行く、今回の目当ては、それに尽きる。 そして、期待は裏切られずに、むしろ期待以上だった。縄文人という、遥かな祖先に深い愛…

南風

『長い物語のためのいくつかの短いお話』 ロジェ・グルニエ著 宮下 志朗訳 以前、山田稔さんの訳で『黒いピエロ』を読んだことがある。まんざらでもなかった印象があったので、Tに回してもらう。 「陽気なペシミスト」を自称するグルニエらしく、明るい話は…

夏パンツ

『じゃむパンの日』 赤染 晶子著 面白かった。よくもまあ、こんなにあることないこと書けましたねぇ。いやあ、あることばかりをないことのように書けましたねぇと、感心すべきかしらん。 「新・蝶倶楽部」でYonda?パンダのシールに強迫されながら、審判を待…

花芍薬

ゴールデン週間終わる 慌ただしかったゴールデン週間、最終日になり平穏な日常に戻る。 最初は塾時代の最後の教え子の訪問。社会人になって三年目の二人で、一人は大手企業の社員、一人は大学病院の看護師。仕事にも慣れてきて若さいっぱい、しゃべることし…

風薫る

『挑発する少女小説』 斎藤 美奈子著 正直、私は少女小説が大好きだった。ここに取り上げられたものの中でも、『若草物語』『赤毛のアン』『あしながおじさん』には特に夢中になった。映画もなんど見ただろう。最近でも「ストーリー・オブ、マイライフ」(若…

花うばら

『じい散歩』 藤野 千夜著 「老い」というのは、当たり前ながら誰にとっても不安な初体験。同年輩の老いざまやら、先輩諸氏の老い方とつい比べてみたり、参考にしてみたくもなるものだ。この話だって、斎藤美奈子殿が「人生の最晩年を明るく生きるシニア小説…

春の暮

映画『川っぺりムコリッタ』 荻上 直子脚本・監督 雨の日だから花豆を煮て、映画を観る。前にも書いたが、荻上さんは好きな監督で、結論から言えば、今までの作品で一番良かった。 服役の過去を持った山田(松山ケンイチ)は、出所して塩辛工場に職を得る。…

春闌くる

講演会「江戸時代に破壊された各務野の古墳 」を聴く 各務原市歴史民俗資料館 長谷健生さん 市の歴史講演会に出かける。今回はとても興味深い古墳の話である。驚いたことには市域には605基の古墳があるという。(平成二年『岐阜県遺跡地図』)もちろん小…

春暑し

映画『お父さんチビがいなくなりました』を観る 昔々講義で、劇中人物が共感を呼ぶには、普遍的な人間像であることが大切と聞かされたことがあったけ。(なんでこんなひとコマだけ覚えているのかしらん) この映画の夫婦(藤竜也・倍賞千恵子)は、まさに私た…

春深し

『風土記博物誌』 三浦 佑之著 現存する『風土記』はすべて写本。不完全なものを入れて五カ国と、後世の書物に引用された逸文が少し。されど「八世紀以前の日本列島のあちこちのすがたを窺い知ることのできる文学記録」であると、三浦さん。 その『風土記』…

牡丹

映画『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語 』を観る 2019年に公開されたアメリカ映画。次女のジョーが昔を振り返るかたちで話が進み、過去と今が激しく交差する。もとの展開がわかっているからいいが、初めてなら、かなり混乱するにちがいな…

遅き日

『猫を棄てる』 村上 春樹著 上手い文体だというので、Tから回してもらう。かかりつけ医の待合室ですらすらと読めた詩のような小冊。 過日読んだのが娘たちが書いた父親なら、これは息子の書く、父親との和解の話。父親から受け取った命の連鎖を確かめるもの…